2025/09/29





クロアチアはイタリアの東側にアドリア海を挟んで対峙する国です。旧ユーゴスラビアを構成していた国の一つですが、はげしい内戦をへて、独立しました。
9/20、韓国インチョンを経由してクロアチアに、到着しました。
9/21、早速、隣国スロベニアに移動。スロベニアはいち早く、ユーゴスラビアから独立し、EUに加盟した国です。
まず、首都のリュブリャナのガイドツアーに参加。歴史や文化、を学びながら街を散策。落ち着いた趣のある街です。折からの日曜日、軍楽隊のブラスバンドが演奏していたり、ダンスパフォーマンスを披露したり、蚤の市が開かれていたり…、観光客と市民が、秋の一日を楽しんでいました。
シティツアーの最後は、短いですが、急峻なケーブルカーに乗り、街を見下ろすリヴリャナ城に上がりました。城壁からは街を一望できるのはもとより、遠くにアルプス山脈の東端のユリアアルプスの山々が見えます。
白く輝くのは雪ではなく、石灰岩質だからでしょう。
ひときわ聳えているのは最高峰のトリグラウ山(2,864m)でしょうか?




21日午後はブレッド湖に移動しました。



日曜日ということもあって、ブレッド湖周辺はたいへん混雑していました。特に、聖マリア教会のあるブレッド島に渡る、伝統的な手漕ぎの船は、団体客で予約されていて、乗船する事ができませんでした。湖畔を散策して、美しいブレッド島の光景を堪能しました。




9/22、ブレッド湖からポストイナ鍾乳洞に行きました。ポストイナ鍾乳洞はヨーロッパで一番大きな鍾乳洞です。
そもそも、石灰岩地形のカルストはこの辺りの地方名から由来しています。
入り口からトロッコで10分ほど走って、大きなホールにでて、そこから歩き始めます。何十万年もかかって自然が作り上げた驚異の光景が広がっています。
スパゲッティのように、天井からぶら下がる細い石筍で数千年。一抱えもあるもので数百万年あるそうですから、人間の儚(はかな)さを感ぜずにはおれません。
15度の天然のクーラーから炎天下に戻り、石灰岩の洞窟に作られた、難攻不落の「洞窟城」を見学。
その後は、クロアチアに戻って、ロビーニというアドリア海沿いの港町に宿をとりました。
 ロビーニはまだ観光客が少なく、趣のある街です。街の中心部にある修道院まで上がり、夕焼けのアドリア海を眺め、路地裏の路上のレストランで、おいしいワインとシーフードをいただき、至福のひとときでした。
9/23は、プリトヴィツェ国立公園に行きました。
途中、前方が見えないくらいのものすごい雷雨で、災害級の大雨でしたが、30分ほどでやり過ごすことができました。



予定より早く着いたので、近くのロストケ村を訪れました。ロストケ村は、15分くらいで一回りできる小さな村で、古い農家が川辺に佇むところです。最近、人気が出てきて、道路が整備され、新しいカフェやBBができて、以前の趣が損なわれた気がしました。
その後、プリトヴィツェに行きました。
入口を入ってすぐに見える大滝の光景に皆さん、歓声を上げておられました。
その後は、人の流れに乗って湖沼群を散策し、観光船で対岸に渡りました。紅葉はほんの少し色づいている木々もありましたが、本番までまだまだです。
 9/24、再びアドリア海に戻ってきました。
スプリットはローマ皇帝の宮殿跡が世界遺産になっています。宮殿跡には、住宅やレストランやホテルや商店が立ち並び、ゴチャゴチャした雰囲気です。
海辺のレストランで昼食。昼食中、昨日に続いて物凄い雷雨。地中海の強い日差しに、強力な積乱雲が午前中から発達していた。
昼食後は、トロギール島に移動。トロギールは、古くはギリシャ人によって作られた街で、オールドタウンは中世の趣を強く残して、世界遺産になっている。が、観光客が多いなぁ(お前が言うな!)。


2025/08/24

大山山系、船上山(687m)から甲ヶ山(1338m)

  

8月23日から8月24日で、鳥取県の大山山系、船上山(687m)から甲ヶ山(1338m)、カランクルン隊5名で行ってきました。
 24日大阪発。
お昼は岡山県の「そば処秀峰」で手打ちそば 夜ご飯は米子の「魚の哲学」でいただきました。
 グルメの平井さんチョイスだけあって蕎麦もおさかなもおいしくて大満足です。翌朝は5時出発で船上山の東坂登山口へ。
 予定(6時)より30分ほど遅れてスタートです。
サクサク登って船上山。きれいな(中は見てないけど)避難小屋?がありました。登り口から一時間もかからないようなところの避難小屋って…誰がどんな用途で使うのでしょう。踏み跡に従って進んでいくと微妙に地図からずれていく。そのうちロープにすがっての激下りに。伊東さんが「道違ってません?」と最後尾から声をかけてくれた。少し落ち着けるところで地図を確認。ありゃ?どんどん道を外して進んでいます。元へ戻ってよく見ると…神社へ向かう道がありました。30分ほどロスしたでしょうか。でもしっかりロープをつけた道はどこへ向かわせようとしていたのか少し心が残る。
 神社の裏へ回り込むようにして進んでいくとおお!可憐なナツエビネに出会った。
夏の妖精だ!!しゃがんで息を止めて写真を撮る。
三角点が道のど真ん中に現れた。いまは木立の中だけど測量の基準になるような時代もあったんか?
勝田ヶ山へ進む。時々朱色の大きい不気味な植物に出会う。あとで調べたらツチアケビ。漢方薬の材料?こんな不気味なものを口にした最初の人は勇敢です。
さらに南下していくと分岐点があり単独行の男性が登ってきました。「きつかった」と。地図を見ると等高線を直角に横切るようなルートです。川床登山口から?
 分岐を左に甲ヶ山へ。馬の背どころか「ゴジラの背」と名付けられている岩場。とても登れそうにないと思ったのですが近づいて探してみれば足をかける場所握り込める岩の突起はある。一つ一つ慎重に。風が汗ばむ顔を涼しくなでてくれます。頂上に立つと赤とんぼが群れ飛んで酷暑と言いながらも秋の気配もあるのでした。ここからもと来た道を戻る。下りはもっと怖い。怖いけど怖がるのが危ないんだ。平静にね。下り終えたらため息が出た。
帰り道は山を整備しているおにいさんが笹を刈っていて刈られた笹で急斜面が滑る滑る。ポットが落ちていて平井さんが草刈りのお兄さんのものだろうと拾ってあげた。(果たして!!お礼言われてました)
 神社まで戻ったらほっとしました。なかなかハードな登りごたえのあるお山でした。(Sさん記)

 

 


2025/08/20

信州、北陸温泉巡り旅

薬師岳の登山口折立をスタート。有峰湖畔を回り、飛越トンネルに向かいました。

飛越トンネルの飛騨側に北ノ俣岳の登山口があります。ここから、神岡に抜け、平湯から上高地入口を通り、松本に出ました。

大阪/伊丹から航空機で来た人と松本空港で合流。空港近くの蕎麦屋で昼食。
美ヶ原高原に登り、王ヶ頭に行きました。

今夜のお宿は、名湯、扉温泉。おもてなし最高の明神館

地元の食材を使った素晴らしいお料理が出てきます。







大浴場
朝食
立ち湯

霧ヶ峰を巡ったあと、長野道~上信越道~北陸道で富山に戻ってきました。

今晩のお宿は小川温泉元湯ホテルおがわです。






 

2025/06/21

ペルーアンデスの山旅--ブランカ山群、ワイワッシュ山群

 
ペルー最高峰、ワスカラン南峰(中央)と北峰(右)

南米周遊の旅から戻って、中5日で、またまた南米ペルーに来ています。
今回は、ペルーの首都リマの北500kmほどにあるブランカ山群とワイワッシュ山群のトレッキングが目的です。
南北8000kmにおよぶアンデス山脈の中で、核心部というべきこの山群は、リマから、バスで7時間もかかって不便だということで、人気も知名度もあまりなかったのですが、最近、この地域の中心地で山岳都市の標高3000mのワラスの北20kmのアンタというところに空港が開港し、リマから、1時間ほどで到着できるようになり、これから観光客や登山者やトレッカーが増えることでしょう。

カランクルンでは、30年位前からこの地域に注目し、何度も訪れて、沢山の山を登りまくっては、ペーニャと呼ばれる音楽酒場で踊りまくって、また近くの温泉プールで泳ぎまくってきましたが、ここしばらくは足が遠のいていて、今回訪れたのは15年ぶり位になると思います。
首都リマの空港も6/1から完全に新しくなった空港で運用を始めたようですが、乗客の動線は以前とすこしも変った気がしないし、入管の混雑も相変わらず、ボーディングブリッジや外構の工事がまだ済んでいない所が多かった。
アンタの空港は、ブランカ山群とネグロ山群の間の細い谷底にこじんまりと作られているが、乗客150人位のエアバスが楽々発着陸できるので、ネパールのルクラのような悲壮感は感じられない。
翌日からの行動の便宜のため、ワラスには戻らず、カウラスという空港近くの鄙びた村に宿を求める。
「モンターニャ jazz」と言う名の宿で、スイスの「モントルーjazz フェス」をもじった様な名前だけど、広い良く手入れされた芝生の敷地では、毎週のように音楽イベントが開かれ、点在するシャレー(山小屋)は本格的な暖炉があったり、ロフトが付いていたりと、居心地のいい宿だった。

6月12日、パロン湖のトレッキングに行きました。
カルワスの宿からパンアメリカンハイウエィを北上し、カラスという街から、アンデスの農村地帯をしばらく進み、斧でかち割ったようなパロン渓谷に入って行きます。
両岸には高差1000m以上ある磨かれた岩壁が聳えていて、ワンドイなどブランカ山群の衛兵を務めているようです。
しばらく走り、行き止まりとなって車を捨てます。土砂崩れで車道がえぐられたようで、作業の人が渡るのに手を貸してくれますが、水しぶきが凍っていて足元の石が滑りやすくてヤバかった。
車道はまもなく、終点となり、そこにエメラルドグリーンのパロン湖(4200m)が広がっていました。
奥の正面にピラミデ(5885m)。その右側にはチャクララフ(6112m)が半分ほど見えています。
パロン湖
チャクララフ峰
ピラミデ峰
ピラミデはその名の通り、端正な三角錐で、こちらに向いている稜は見るからに細くて、あそこを登るとなると、微妙なバランスを要求するされるな!なんて、登りも(登れも)しないのに目ではルートを追うオールドクライマーでした。
613日は、ユンガイという街から、リャンガヌーコ渓谷に入って行きました。
ユンガイは1970年に、ワスカラン方面からの大規模な土砂崩れに2万人もの人が飲み込まれたところです。
リャンガヌーコ渓谷は、その素晴らしい景観から、世界遺産にもなっています。
私たちもこの渓谷からワスカランをはじめ、たくさんの山に登りました。
今回は、ここからビスコ小屋に至り、そこで一泊して、翌日はラグーナ69という美しい湖を経由して、スタート地点に戻る予定です。
トレッキングのスタート地点は、清流が流れ、牧草を喰む牛たちが点在する、穏やかな場所です。ここから、斜面を緩やかに登り、ピスコ小屋を目指します。高度差800m.ゆっくりで34時間ですが、既に4000m近い高度があるので、息が切れます。
ピスコ小屋は立派な石造りの小屋です。15年くらい前に、ピスコ峰に登ったのですが、その時はどこから登ったのかな?このピスコ小屋の記憶はありません。
ピスコ小屋
ピスコ小屋の食堂
ベッドルーム
小屋からは、ピスコはもとより、ワスカラン、ワンドイ、チャクララフ、チョピカルキ…
チョピカルキは頂上直下に幅1m位のクレバスがあり、そこをジャンプしなければ、頂上に行けません。クレバスの向こう側は幅1m位の平地ですが、すぐに氷壁が立ちふさがっています。そこをジャンプして、すぐさまダブルアックスで向かい側の壁にピックを打ち込み安全を確保。ああ、怖わ〜。その時のドキドキ感が蘇りました。
翌日はラグーナ69をめぐってスタート地点に戻りました。思ったよりも、きつい、長い道で、車に到着した時は、バテバテで暗くなりかけていました。
この日は、ワラスのホテルに泊まりました。久しぶりのワラスです。
614日、まずブランカ山群を、一望する(はずの)ネグロ山群側のウイルカコチャ湖へいったが、残念ながら雲が多くてブランカ山群は見えなかった。雲がなければ、小さな池にブランカ山群が映り込み、素晴らしい景観になったのに、残念
ウイルカコチャ湖
プラス・ライモンディの群落
その後、アンデスの女王と呼ばれる植物、「プラス・ライモンディ」の群落地を見に行った。遠くから見ると、15mにも及ぶ、黒いサボテンか、鉛筆の芯のような植物が山の斜面にポツンポツンとはえている。12年毎に、黒い部分に、12,000個もの花が咲くそうだ。
その後はワイワッシュ山群に向かう。リマと結ぶパンアメリカンハイウェイで一番高い、コノコーチャ峠で、リマ方面に別れ、山間部に入る道へと進む。今までの穴ボコのあいた道路とは異なり、きれいに舗装されている。奥に鉱山があるので、大型の車の通行に耐えられる厚い舗装になっているそうです。
幹線からはずれ、通行車も集落も数が少なくなり、山奥に入っていく感じです。ウネウネ道を下って、だいぶ標高を下げた所に結構大きな街が出てきました。チキアンという35,000人程がすむ街です。以前は、鉱山で栄えたようですが、今は、過疎化が進んで、寂しい感じ。
この先には宿はないので、この街ホテルに泊まる。ホテルと言ってもネパールのエベレスト街道沿いのロッジの感じ。
あす、6/15は世界共通「父の日」。日本では、「母の日」のおまけみたいな扱いだが、ペルーでは、「ババの日」として祭日扱いで、街のレストランや商店は休んでいるところが多い。夕食はランチボックスとカフェで済ます。
6/15、天気は下り坂。チキアンからさらに奥に進む。と言ってもしばらくはウネウネ道をグングン下る。2時間ほど走って、鄙びた村にいたり、そこには鉄製の頑丈なゲートがあって、しばらく待っているとおぼさんがやって来て通行料を徴収。通行料は村の収入になるようだ。
この辺りの女性は、クスコやボリビア方面の女性が被っている山高帽ではなく、フェルトのカーボーイハットを粋に被っている。
ゲートを越えて車1台がやっと進める山道を進む。山を削って作った道は、谷側は数百メートル落ちていて、ゾクゾクする。
恐ろしい道をしばらく行くと、トレッキングを終えた9名のスペインチームに出会った。コックの女性がアルフォンソの知り合いなので、トレッキングの様子を聞く。
ワイワッシュ山群、一周フルコース9日間のコースで、ガイド、コック、スタッフが78名、アリエロ(馬使い)が4名、ロバが10頭、緊急用の馬2頭という構成。ここで、迎えのミニバスに荷物を積み替えているところだ。
仕事を終え、嬉しそうなロバたち
仕事を終えたアリエロは山中の村に戻っていく

ワイワッシュ山群の最高峰イエルパハーは稜線が見えない
そこからは幅5m、水深2030cmの水流を4駆で通過。さらに30分ほど進むと、草原状となって、車で行けるのはここまで。周りには石積の(ネパールでいうところの)カルカが数カ所あり、牛が草をはんでいる。谷奥には、ワイワッシュ山群の最高峰イエルパハーの雪壁が見えるが、稜線は厚い雲に覆われている。