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2020/02/19

マグレブ、日没する国 モロッコ

モロッコは、地理的にアフリカ大陸の北西部に位置し、西は大西洋に面して、北は大西洋と地中海を分けるジブラルタル海峡を挟んで、ヨーロッパのイベリア半島のスペインと対峙しています。また、東側から南側にかけてはサハラ砂漠が広がっています。 

歴史的には、サハラ砂漠のほうからは、先住民となるベルベル族が進出。その後、地中海方面からローマ帝国が勢力を伸ばし、それが衰退するとイベリア半島からゲルマン系の民族が進出する。さらに、東方からはアラブ系のイスラム帝国が進出して、モロッコを征服し現在に至っています。モロッコはまさに民族と文化の十字路に位置しています。 

また、モロッコの中央部には約2500㎞にわたってアトラス山脈が北東から南西に縦断しています。そのアトラス山脈の最高峰はツブカル山(4167m)で、モロッコの宗主国だったフランス山岳会が管理する山小屋があり、アルプスの山小屋と同じような造作とシステムになっています。その山小屋まで、馬で荷物を運び、山小屋に一泊して頂上を目指します。夏は富士山のようなガラガラ道で、登りにくい道が続きますが、危険はない。でも、冬から春、さらに初夏にかけては、積雪、残雪があり、雪山装備と技術が必要となります。今回は観光だけで登山はしませんでした。 

2/19、モロッコ最大の都市カサブランカ(首都はラバト)に到着後、レンタカーで、80kmほど南のアズムールへ向かいました。 

アズムールという街は、日本ではあまり知られていませんが、大西洋に流れ込むウムエルルビア川の河口に面し、ポルトガルの小さな漁村を彷彿とさせるメディナ(高い壁に囲まれた旧市街)のある街です。取り立ててこれという見どころはありませんが、街全体がアートで、雰囲気のいいリヤド(モロッコ風ホテル)があります。 

10年ほど前にカランクルンの皆さん15人で、モロッコを旅し、最終日に、初めてこの街を訪れ宿泊しました。その時のほとんどの人がモロッコの有名な見所は棚に上げて、「モロッコで一番良かった」とのたまった街とホテルです。 

今回でそのリアド宿泊は3回目ですが、確かに、リビングの中央には噴水があり、グランドピアノがおいてあり、たくさんの絵画が飾られていて、雰囲気のいいフランス人好みのプチホテルです。2回目に訪れた時には、Tさんが壁の絵画を気に入り、数枚、高額で購入されていました。 

今回は夕食に大きな鱸(すずき)のグリルと野菜のタジン料理を用意してくれていて、美味しいワインとともにいただいきました(モロッコは、イスラム教国ですが、飲酒には寛容で、お酒に困ることはありません。モロッコ産のワインもあります。また、モロッコは大西洋や地中海に面しているので新鮮な魚介類が獲れ、日本にも多く輸出されています。タジンはとんがり帽子のような蓋の付いたモロッコ特有の土鍋で、無水料理がおいしくできます)。 

翌2/20は、アルジャジージャという、城塞港都市を訪れたあと、モロッコ第4の都市で、貴重な歴史的建造物が豊富で、世界遺産にもなっているマラケシュに移動しました。 

マラケシュといえば、ジャマ・エル・フナ広場。毎日、陽が落ちると沢山の屋台と大道芸人が出て、お祭りのような騒ぎですが、この混とんとした広場の文化的空間が国際的に評価され、無形文化遺産に登録されています。 

屋台で夕食をとった後(屋台はお酒は無い)、大道芸を見て回ります。ヘビ使いや、猿回し、コントやパントマイム。輪投げや占い。ヘンナという植物からとった染料でのボディペイント…。 

以前、15人で訪れた時には、大道芸を見ている時や、歩いている時に、沢山の男どもがゾロゾロと付いてきて、夜陰に乗じて、女性参加者がお尻を触られ、悲鳴があがっていましたが、今回はどういう訳かそのような痴漢被害はありませんでした。 

道化パフォーマンスをやっている人だかりの最前列に入れてもらった女性参加者を目ざとく見つけた道化役は、帽子をマスク代わりにして、「チャイナ?コリア?」とコロナウイルスで笑いをとっていました。ちょうど、中国のコロナウイルス感染が拡大し、韓国にも波及して、日本ではクルーズ船での集団感染がモロッコでも連日報道されている時期でしたが、いずれも遠い極東の他人事で、「あっちへ行け」というような迷惑顔はありませんでした。それが、欧米にまで感染が拡大し、アフリカのモロッコまで広がるとは、ここにいる人は誰一人、思いもしなかったことでしょう。 

2/21、マラケシュを出発して、アトラス山脈越えに向かいます。桜の花に似たアーモンドの花が満開です。また、美肌を作ると女性に人気のアルガンオイルのお店も軒を連ねています。アルガンオイルはこのあたりでしか生育しないアルガンの木に、ヤギが登り、実を食べたヤギが吐き出した種を拾い集めて抽出されるとのこと。手間暇かかっているので、いいお値段がします。 

つづら折りの道を峠まで登ると雪をまとったツブカル山が大きく見えました。 

今度はつづら折りの道を下って、アトラス山脈を越えると乾いた地形がサハラ砂漠に続いています。ここを行く街道は「カスバ街道」と呼ばれます。 

カスバは、隣国アルジェリアのものが有名で、「カスバの女」の舞台でもありますが、アフリカ北部のアラブ諸国ではとこでも見られる、盗賊や他の村の襲撃から守るための城壁に囲まれた集落のことです。「カスバ街道」にある世界遺産にもなっているカスバ、「アイトベンハドゥ」を訪れました。映画撮影にも使われましたこの集落は、今では、観光客がいっぱい。土産物屋もいっぱい。古い情緒が無くなっていました。 

この日は、ワルザザード泊りです。ゲイリー・クーパー、マレーネ・ディートリヒ主演で、第一次世界大戦を背景にしたアメリカ映画「モロッコ」に描かれたフランスの「外人部隊」の砂漠の中の駐屯地があったところです(名台詞「君の瞳に乾杯」で有名な映画「カサブランカ」はハンフリーボガードとイングリットバーグマンで、第二次世界大戦下のカサブランカを描いた映画です)。 

2/22はロングドライブで、まず、切り立つ断崖が続くトドラ峡谷へ行きました。ここではロッククライミングをしている人たちがいました。そのあと、乾燥地帯を走り、サハラ砂漠の入口で、大きな砂丘があるメズルーカへ。この日は砂漠のリヤド(モロッコ風ホテル)泊り。たくさんの星がきれいでした。 

2/23朝は、ラクダに乗ってサハラ砂漠にご来光を見に行きました。7時出発。まだ、真っ暗で気温が低く、手指がジンジンします。砂丘の上に登り、日の出を迎えます。日の出は8時頃。砂漠の彼方から太陽が登りました。すぐに温かくなりました。 

ホテルに戻り、朝食後、フェスに向けて、今日もロングドライブです。 

砂漠地帯をしばらく走り、山並みを越え、標高が下がると緑が多くなり、アトラス山脈の雪山が再び見えてきます。 

フェスはモロッコの内陸にある古都で、大きな街です。夕方、フェスに到着し、ナビの示す所に今日のホテルが見当たらず、ウロウロしていると、バイクに乗った兄ちゃんが近づいてきて、ホテルまで先導してくれました。前回来たときも、2~3人の若者グループが、道に迷っているのを目ざとく見つけ、ホテルまで先導してくれました。モロッコ人は日本びいきで親切です。 

2/24は、長駆、シャウエンを往復しました。 

シャウエンは街全体が青く塗られていて、映(ば)えるので人気のある街です。観光コースから外れているので、行きにくく、フェスから片道3時間半くらいかかります。 

北海道の富良野を思わせる、麦畑のパッチワークが美しい、緩やかな田園風景を快調に走っている時、スピードガンを持った警官が立ちふさがりました。スピード違反だという。レンタカーのナビにはこの道の制限速度は100キロと表示されていて、それを守っているからそんなはずはないと言いはりますが、この道の最高速度は80キロだ、モロッコのナビは正しくない、ナビを信頼するな、300ディラハム(約3000円)払えと譲らない。しかたなく、パトカーの所に手続きにいくと、「違反は初めてか?」と聞いてくる。実は、昨日も捕まって、300ディラハム払ったところですし、2年前も200ディラハム払っていますが、面倒なので、初めてだと云ったら、今回は200にディスカウントしてやると言い出しました。違反すると書類を作られそのコピーが領収書になるのですが、それは、警官にとっても面倒な作業ですし、警官自身のポケットにお金が入らない。こちらは安いに越したことはないので、喜んで200ディラハムを渡し、それでおしまい。どこの国にも悪徳警官はいる。それにかかわっている時間はありません。 

翌日も、同じ道を通りましたが、昨日の所から少し手前のところで、やはりスピード違反で停められました。私は昨日、この道を通り、取締をしているのを知っていたのでスピードを守って走っている、スピードオーバーの画像を見せろというと、今回は許してやると無罪放免に変わりました。こいつからは、金は巻き上げられないと思ったのでしょう。 

とにかく、モロッコは警官が多い。村や街の入口には必ず警官が立っています。大きな産業が無く、警官など公務員が主産業なのでしょう。今回は合計5回停められました。スピード違反で3回停められ、2回、合計500ディラハムを支払わされました。他の1回は同行者が運転している時に、中央線を割ったといちゃもんをつけられ、300ディラハムだと言ってきましたが、サイクリストを安全に追い抜くためだと抗議をしたら、今回は許してやると…。後の1回は、免許証のチェックだけで済みました。 

2/25は、フェスのメジナ(旧市街)を探索しました。 

1000年以上も前から続く、迷路のような市場(スーク)は世界遺産になっています。 

フェスは皮工芸品が有名で、「タンネリ」と呼ばれる皮なめし場も観光の一端です。いつもは、ガイドに連れられて、買うまで、なかなか出られない皮製品販売店のテラスから、植物のミントを鼻先にあてて、強烈な異臭をごまかしながら、過酷な皮なめし作業を見るのですが、今回はツーリストが行かないタンネリを見せてやるというガイドにつかまり、面白そうなのでそいつについて行ってみました。 

観光客が多い、スーク(市場)を外れ、地元の人が暮らすエリアにその「タンネリ」がありました。ミントのガスマスクなしで、強烈な臭いの中、床に散らばる何やらヌルヌルした怪しげなものを踏みつけてタンネリの中へ入っていきます。羊の皮400枚が入った大きなドラムに皮を柔らかくする効果のある鳩の糞を混ぜて、洗うこと1週間。その後、2週間染料に漬け、乾燥させて、刃物で削って、薄く、しなやかにするのだそうです。強烈な臭いにぐったりしました。 

そのあと、ローマ帝国の勢力範囲の西端に位置する都市の遺跡で、世界遺産になっているヴォルビリス遺跡を訪れ、古都メクネス泊り。 

最終日は、現在の首都ラバトを観光して、マラケシュに戻り、今回の旅は終わった。